人生のチート行為, 大学受験, 雑記

浪人して早慶逆転合格は可能だと断言します


受験生のみなさん、お疲れ様です。



本記事は自分自身の浪人生活がどんなものであったかを紹介しているものです。あくまでみなさんへのアドバイスではなく、自分が実践していて、結果につながったと考えていることを書いています。



はじめに断っておきますが、「地頭が良い人が勉強をさぼり成績が下がったが、ちょっと頑張ったら劇的に成績が上がった」系ではなく、「地頭が悪いがあきらめの悪い人が勉強をさぼり成績が下がったが、どうしようもなくあがいて勉強をして、無理やり成績を上げた」系ですので、ご了承ください。夢はありませんので。

この記事の信頼性

現在の筆者


わたしは現在24歳ですが、慶應義塾大学経済学部に在籍しています。浪人と休学で2年遅れています。おそらく今春卒業できます。



今後はノマドとして、一生旅をしていきます。やることなすことアホすぎるので、家族にも親戚にも学校の先生にも何も言われることはありません。構われないのはさみしいことですが、あきらめられると楽です。

高校時代の筆者


筆者は一応、県でトップの女子高にわりかし余裕で入学しました。そこから高校では一切勉強せず、赤点女王という感じでした。余裕で入学していたこともあり、なめていたのだと思います。



でも、余裕で入学できたのは、中学3年の時に、これから書いていく浪人時代並みに勉強していたからなんですね。天才ではありません。



それに県でトップとはいえ、全国には格段に優秀な公立も、もちろん私立も星の数ほど存在します。

受験校と合格校

【現役時代】
× 慶應 経済

【浪人時代】
〇慶應 経済
〇慶應 商
〇慶應 総合政策
〇慶應 環境情報
〇早稲田 商
△上智 法
〇青学 経済
〇明治 政経セ利
〇明治 商セ利
〇埼玉大 セ利
▲東京外大 ロシア語

△・・・補欠合格したものの、辞退(入学金的なのを払わず)
▲・・・センターの得点的にGOだったものの、慶應合格していたため、受験せず

予備校


栃木県の実家を離れ、河合塾横浜校の早慶アドバンスコースに通うことにしました。



アドバンスコースは、最初のテストに合格しないと入れないシステムになっています。とはいえ、河合塾も営利事業ですので、受ければ入れます。明らかに座席が成績順にされることがあるのですが、一番後ろでした。クラスメイトからの視線も最悪でした。



夏頃になると、精神的に崩壊しかけてしまい、実家に戻りました。最寄りの河合塾が大宮校でしたので、そちらに移籍しました。



母が気を遣って新幹線通学を提案してくれたのですが、「浪人生の分際で新幹線なんかに乗る価値はない」と自己否定を繰り返していました。そのため、栃木県北部から大宮まで、在来線で片道2時間半かけて、半年間通学しました。

成績推移


世界史:知識ゼロ、マークと一問一答で0点は避けられる
英語:勉強はあまりしなかったが、嫌いじゃないので、どんなテストでも偏差値50は行く

からのスタートでした。



予備校を移籍するときも、レベルの高い横浜校から、そうでもない大宮校でしたが「まあたぶん上のクラスに入れてもらえると思う」くらいで、ダメダメでした。



冬になり模試の回数が増えてくるころには、早慶どの学部もA判定を取れるレベルになれました。とはいえ、年が明けても過去問には対応できず、「判定なんて意味ないな」と焦る日々でした。



秋以降、インプットから実践的な問題演習中心にシフトしていってはいたため、不安だった12月の慶大プレではB判定が取れるという推移でした。慶大プレは判定が非常に出づらいといわれているので、やはり一般模試の判定もバカにはできないな、と考えが変わりました。

誰でもできる


アドバンスコースでも、早慶に合格できるのなんてごく一部です。ましてや、早慶上位学部に合格できるのなんて100人のうち数人です。



そのコースで最下位レベルからのスタートだったことを考えると、凄まじい快進撃だと思うかもしれません。しかし、科目数も限られているので、勉強しさえすれば、どんな偏差値からでも、地頭なんて良くなくても可能だと断言します。



参考までにどうぞ。

https://nanami-yy.com/%e3%83%90%e3%82%ab%e3%81%bb%e3%81%a9%e6%85%b6%e6%87%89%e7%b5%8c%e6%b8%88%e3%82%92%e7%9b%ae%e6%8c%87%e3%81%99%e3%81%b9%e3%81%8d%e7%90%86%e7%94%b1%e3%80%90%e4%ba%ba%e7%94%9f%e3%81%ae%e3%83%81%e3%83%bc/

浪人時代の筆者【現実】

つまらない目標を持つ


わたしが慶應を志望校にしたのは、慶應卒だと家柄よさそうにきこえるし、なんとなくイケてるからでした。キャンパスの場所も(田舎者はあこがれる)東横線沿いだったり、港区だったりかっこよくないですかね。



女子で経済学部ってのもなんかかっこよかったので、慶應経済を第一志望にしました。



こういうくだらないことが、一番のモチベーションになったりします。

友達ゼロ


予備校に通い始めると、ふつう友達ができます。クラスもありますし、授業も毎回同じメンバーになります。首都圏の進学校出身だと高校の友達も居るでしょう。



しかし、私は1年を通して、半年ずつ2つの予備校に通っていたにもかかわらず、一人も友達ができませんでした。



紙の和英辞典、紙の英和辞典、世界史の資料集なんかを毎日毎日持ち歩いていましたし、休み時間も勉強していたため、周りからは変なヤツと思われていたのだと思います。もちろん、自分から避けていたというのも大きいです。



毎日ひとことも話さず机に向かい続けるのは本当に苦痛でしたが、日々のノルマをこなすには、雑談をしている暇も、息抜きをする余裕も、なかったんです。


休まず予備校通い


体調が悪くても、ほとんど毎日休まず通いました。正確には、1年を通して4日くらいだけ、予備校が開館しているのにもかかわらず、休んだ日があります。



1日目は6月ごろに慶應法学部小論文の過去問を見て、先が見えなくなった日です。半日くらいで帰宅しました。



2日目は引っ越しの日です。精神崩壊して、実家に戻った日ですね。



3日目はその後に母と姉が軽井沢へドライブに連れて行ってくれた日です。「もうやめてもいいんじゃない」そんな雰囲気でした。



4日目はセンターの前日です。この日はプレテストを一回分だけ解きました。あまりにも点数が低かったのですが、今さらどうしようもないので、実家のこたつで寝ていました。

授業はサボる


授業は最低限しかきいていませんでした。授業に出ないと解答がもらえなかったり、プリントだけは立派な授業なんかもあったので、内職をしていることも多かったです。



予備校はあくまでリズム作りと添削を受けるため、と割り切っていましたので、1日の大半は自習室にこもっていました。

予備校の開館から閉館まで勉強


横浜時代は4時台の始発で予備校近くまで向かい、開館まではマックで勉強、その後閉館まで勉強していました。


大宮になってからは通学に時間がかかりましたので、始発登校、終電下校というようなリズムでした。


例外なく固定です。

小論文・英作文は毎日添削を受ける


夏以降でしょうか。小論文と英作文は毎日毎日添削を受けていました。



むやみやたらに新しい参考書に手を出さないと決めていたので、毎日やっているとネタが尽きてきます。そんなときの対処法も参考までに書いておきます。



小論文
・一度書いたテーマで、違う意見で書いてみる(前回賛成したのなら、次は反対)
・小論文ではなく、国立二次現代文の問題(記述が多いため)を解く
・どんな文章でもよいので、現代文の問題を字数を決めて要約をする


英作文
・ 一度書いたテーマで、違う意見で書いてみる(前回賛成したのなら、次は反対)
・短い英作文の場合、解答が複数通りあることが多いので、全て書けるようになるまで参考書をやりこむ

教材は絞り、繰り返す

勉強法を工夫する


ここら辺は表裏一体ですね。小論文・英作文もそうですが、教材を絞ると解答は暗記できてしまうし、ネタも尽きてきますので。



世界史なんかに多いのですが、簡単な一問一答であっても、良質な問題文があったりします。図表や問題文にも、練られたものとそうでないものがあるんですね。やっていけばだんだん分かってきます。



だから、参考書は全ての問いに答えられるようになったら終わり、にしてしまっては非常にもったいないと考えていました。



問題を解く順番を変えてみたり、他参考書の混同してしまう問題をメモっておいて同時に解くようにしたり、資料集の該当ページをメモっておいて、書いてあることを思い出してみたり。やり方を変えながら、ひたすら一年間何度も繰り返しました。



逆に使えない問題集は、ほぼ使わずに放置です。

休み時間も勉強


休み時間にもこれをやると決めていたので、サボると1日のノルマが終わらなくなってしまいます。休み時間はうるさくなるので、あまり熟考しなくて済むことにしていました。

食事中も勉強


食事中は手も口も使うので、作業も向かなければ、じっくり頭を使うことも向きません。「単語帳を見る」なんていう方法もありますが、ぼーっと眺めるだけになってしまいがちです。ですので、電子辞書の英単語クイズなんかをやるようにしていました。

歩きながらも勉強


世界史の年号や、論述問題をひたすら暗記していました。参考書を持って歩くのも恥ずかしいので、紙に書いて、持ち歩いていました。

夢の中でも勉強


おそらく一応眠ってはいたのですが、夢の中で問題が出されていました。それもけっこうリアルで、本当に参考書に載っている、しかも苦手な分野の問題だったりするんです。ハッとして起きて、考えるなんてこともありました。


この勉強法(´Д⊂ヽはおすすめしませんので、絶対にやめましょう。睡眠はきちんととってください。とはいえ、このレベルまで来れたら、真剣になれている証拠だとも言えます。そしたら受け入れて、耐えましょう。

「成功する感覚」がつかめる


正直、学歴だけでどうにかなる時代ではないですし、受かってしまうと、また平凡な毎日がやってくるだけです。就職には困らないとか、キラキラ大学生活が待ってるよなんて言う気は全くありません。



わたしなんかより、うまく言語化してくれているYoutubeがあるので、貼っておきます。本当にこの通りだと思います。


Twitterなんかでマナブ信者がなんちゃらとか批判されていたりしますが、私自身は、この方の思考レベルは経験なくして築けないものだと思っています。あくまで何事の価値も自分で考え、取り入れていってください。



それではみなさんの先輩になれることを、心より楽しみにしています。